千葉の造園会社、植木屋(庭の手入れ、メンテナンス)は株式会社田久保造園土木へ。

田久保造園土木の歴史

小さな苗木屋として

昭和46年当時

田久保造園土木は、昭和46年の高度経済成長後期に千葉県印旛郡印西町(現在の印西市)にて創業しました。現在は造園業を営んでいますが、そのはじまりは小さな苗木屋でした。

当時は戦後の復興から目覚ましい経済発展を遂げたばかりで、国中が活気にあふれていた時代。各地で新たな宅地造成が盛んに行われ、庭付き戸建ての住宅購入が主流となった時代でもあります。

千葉県も1960年代以降、都心に通勤する人のベッドタウンとして開発が進み、急激に宅地が増加しました。印西市も例外ではなく、戸建て住宅の増加とともに地域周辺には苗木屋が集まり始め、近所でもよく見かけたものです。現在では少なくなりましたが、地域周辺にもその名残である苗木屋が今も数件存在しています。

高度経済成長期とともに

昭和48年 庭づくりをする職人たち

1970年代前半は住宅の増加とともに造園の需要は拡大し、庭を持つことや庭に大きな樹木を植えることがステータスとなっていたため、県内各地より次から次へと造園の依頼がありました。

当時は職人の数も50名を超え、造園会社としては比較的大きな会社となりました。その頃、有名プロゴルファーの庭造りを手がけさせていただいたこともありました。庭木として松やソテツ、梅などの人気が高く、日本庭園の造園依頼も多くあり、今ではほとんど見かけない和風の池も作っていました。

昭和61年 テーマパーク内をバスで移動

創業当時は急激な需要の増加もあり、職人は未経験から始めた者が多かったのですが、親方を中心に現場を豊富に経験して一人前の植木職人になり、今では独立して自分の会社を持っている者も多くいます。

また、千葉県内にある有名テーマパークの植樹手入れはテーマパークの開園当初から現在まで続いており、今でも当社の主な業務のひとつです。

創業時から変わったこと、変わらないこと

最近ではお手入れのご要望が多くなり、庭を一から造ること、特に日本庭園を造る機会は減少しているので、寂しく感じる部分もあります。現代の住宅は和風の住宅よりも洋風の住宅が多いこと、ライフスタイルの変化、人口の減少によって空き家が多くなってきたことなどがその要因でしょうか。

時代の変化により変わったこともたくさんありますが、変わらないことももちろんあります。それは、植物に対する思いです。植物も愛情を持って接すれば、その思いに必ず応えてくれます。

これからも時代の変化によって変わることがたくさんあるかもしれません。それでも、時代の流れを敏感に感じ取りつつ、先代の技術と精神を大切に、この仕事を次の世代に残していきたいと思っています。

樹木の手入れから庭づくりまで。
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